論文出版:量子スピン顕微鏡の収差と解像度

量子スピン顕微鏡における光学収差の影響を収差付きベクトル回折理論により定量評価し、ダイヤモンドの厚さが解像度に与える制約と最適条件を明らかにした成果を、Review of Scientific Instruments誌に発表しました(→論文)。


量子スピン顕微鏡(量子ダイヤモンド顕微鏡、QDM)は、ダイヤモンド中の窒素−空孔中心(NVセンタ)を利用して、ミクロンスケールで局所的な磁場分布を可視化する技術です。NVセンタは光を照射すると赤色蛍光(フォトルミネッセンス、PL)を発し、その性質が局所磁場に依存するため、高感度・高空間分解能な磁場センサとして機能します。磁場や磁化を可視化する手法としては、磁気力顕微鏡や磁気カー効果顕微鏡など様々なものが知られています。その中でも、QDMは特に、光学波長程度の解像度と広い視野を両立できる点で優れており、物性物理学や生物学などで応用が進められています。私たちの研究室でも、磁性体や超伝導体などの性質を解明する精密物性計測の手法として開発を進めています。

しかし、実際のQDM測定では、NVセンタからの蛍光がダイヤモンド基板(典型的な厚みは0.5mmです)を通過してレンズ系に届く必要があるため、光学的な収差(しゅうさ、aberration)が無視できない問題になります。ここで、収差とは、光学系(レンズや鏡)を通過した光が理想的な像を結ばず、画像がぼやけたり歪んだりする現象のことを指します。特にダイヤモンドは可視光で屈折率が約2.42と高く、光が内部で大きく曲がることで収差が生じ、画像のコントラストや解像度を低下させます。これまでQDMにおいて収差の存在は知られていたものの、それがどの程度イメージング結果に影響するか、また基板厚さとの関係を明示的に評価した研究はありませんでした。

本研究では、収差を含んだベクトル回折理論*に基づくモデルを構築し、ダイヤモンドの厚みと収差による解像度劣化の関係を定量的に調べました。まず、共焦点顕微鏡を用いて、さまざまな深さにある単一NVセンタのPL分布(点拡がり関数、 PSF=point spread function)を取得し、理論モデルとの比較を行いました(下図)。さらに、このモデルを広視野顕微鏡にも拡張し、USAF解像度チャート(USAF 1951 Resolution Test Chart、光学系の性能指標として標準的に用いられる)をダイヤモンド越しに観察した実験画像と理論計算を比較することで、モデルの妥当性を検証しました。その結果、NA = 0.7の光学系では、30〜40 μm程度までダイヤモンドを薄くすることで回折限界の解像度を維持でき、100 μm以下であればおおよそ1 μmの分解能が得られることが分かりました。

この研究は、QDMにおける光学性能のボトルネックを明らかにし、目的に応じたダイヤモンド厚の選定基準を与えるとともに、今後の高分解能・高感度化に向けた光学系設計や画像補正技術の開発に重要な基礎を提供するものです。また、本研究で用いた収差込みの回折理論は、他の光学センシング技術や顕微鏡法にも応用可能であり、広い意義を持つ成果です。

論文出版:動的核スピン偏極の定量的理解

同位体制御された六方晶窒化ホウ素中のホウ素空孔欠陥(hBN量子センサ)を用いて、動的核スピン偏極の振る舞いを定量的に解明しました。本成果は、Phys. Rev. B誌に掲載され、同誌の “Editors’ Suggestion” (注目論文)に選出*されました(→論文)。


量子センシングや量子情報処理の基盤技術として、色中心内のスピン(スピン欠陥)が近年大きな注目を集めています。なかでも、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)は、室温での長いコヒーレンス時間を持ち、量子センサや量子メモリとして多くの応用例があります。

本研究では、NV中心に続く新たなスピン欠陥として注目されている、六方晶窒化ホウ素(hBN)中のホウ素空孔欠陥(以下では「hBN量子センサ」と呼びます)を研究しました。hBNは劈開可能な二次元物質であるため、hBN量子センサはNV中心とは異なる利点を持っています。私たちは特に動的核スピン偏極(DNP)という現象を体系的に調べました。DNPとは、高い偏極率を持つ電子スピンを操作して核スピンと相互作用させることによって核スピンの偏極率を高める技術のことであり、量子メモリの動作やNMR・MRIの高感度化において鍵となります。

(a) hBN結晶中のホウ素空孔欠陥の概念図。本研究では同位体制御された特別なh10B15N結晶を用いました。(b) ホウ素空孔欠陥のエネルギー準位。外部磁場が特別な値となるときに、ESLAC(励起状態レベル反交差)とESLAC(基底状態レベル反交差)が起こり、その付近で多彩なDNP(動的核スピン偏極)が生じます。(c) 実験的に得られたODMRスペクトルの磁場依存性。縦軸(マイクロ波周波数)は準位間のエネルギー差を表しており、(b)の状況に対応したスペクトルとなっています。論文では各磁場でスペクトル形状の定量的な解析を行い、核スピン偏極率を議論しました。

本研究の特徴は、ホウ素と窒素の同位体(10Bと15N)を濃縮した特殊な高品質hBN結晶を用いた点です。これにより、通常のhBN量子センサよりもODMR(光検出磁気共鳴)スペクトルが単純なものとなり、核スピン偏極の詳細な測定と解析が可能になりました。

また、得られたODMRスペクトルを、リンドブラッド(Lindblad)方程式に基づいた理論モデルを用いて数値的に再現しました。このモデルは、スピンの時間発展だけでなく、光照射や環境との相互作用も取り入れた、開放量子系の記述に適した方法です。モデルでは、1つの電子スピンと3つの隣接核スピン、および光学遷移を考慮しました。

その結果、磁場を変化させた際のODMRスペクトルの振る舞いや、核スピン偏極の全体的な挙動はシミュレーションと実験でよく一致しました。ただし、従来広く使われているローレンツ関数による解析から求めた偏極率の値は、真の値からずれていることを見出しました。このことは従来の解析手法の定量性に問題があることを物語っています。すなわち、実験で得られるODMRスペクトルには電子スピン・核スピン・光学遷移が関わる複雑な量子多体ダイナミクスが反映されているため、単純な解析手法では正確な情報が得られないということです。さらに、ホウ素空孔欠陥の構造の対称性に由来する相互作用テンソルが、核スピン分極の最大値を抑制する主要因であることも分かりました。

このように、新しい2次元量子材料であるhBN量子センサの特性を定量的かつ理論的に解明した本研究は、今後の量子センサ研究の基盤となる成果です。特に、同位体制御とリンドブラッド方程式を組み合わせた解析により、DNPの本質的な限界と可能性を明らかにしました。

本成果は、物質・材料研究機構(NIMS)の岩崎拓哉独立研究者渡邊賢司主席研究員谷口尚理事、産業技術総合研究所の小川真一客員研究員森田行則上級主任研究員東京工科大学 中払周教授との共同研究によります。

論文出版:スピン波の量子イメージング

ダイヤモンド量子センサを用いてスピン波の伝播の様子を広帯域でイメージングすることに成功した成果をPhys. Rev. Appl.誌に発表しました(→論文)。


磁性体中におけるスピン波の伝播を広い周波数範囲でイメージングすることは、そのダイナミクスを理解する上で重要です。近年では、ダイヤモンドNV中心を磁場センサとして用い、スピン波の振幅および位相を定量的に検出する研究が盛んに行われています。しかし、従来法では、NVスピンの共鳴周波数と一致する周波数成分のスピン波しか検出できなかったため、幅広い磁場領域にわたるスピン波の調査が困難でした。

このような制約を克服する新たなプロトコルとして提案されたのが、ACゼーマン効果を利用する手法です。ACゼーマン効果とは、マイクロ波照射下においてNV中心の共鳴周波数がわずかにシフトする現象のことです。私たちは2023年に、広視野顕微鏡とアンサンブルNV中心を組み合わせてACゼーマン効果を用いたイメージング手法を実装し、マイクロ波アンテナにおけるマイクロ波振幅の空間分布の可視化を報告しました [→詳しく] [Ogawa et al., Appl. Phys. Lett. 123,214002 (2023)]。

私たちは今回、この成果を発展させ、外部磁場を変更することなくイットリウム鉄ガーネット(YIG)薄膜内を伝播するスピン波を広い周波数範囲にわたってイメージングできることを実証しました。

図(a)に測定系の概念図を示します。YIG基板上には、表面にNV中心を有するダイヤモンド基板およびアンテナが設置されており、外部磁場は試料面内に印加されています。図(b)(c)(d)には代表的な測定結果を示します。NV中心が非共鳴である周波数帯においても、スピン波が左から右へと伝播する様子が明瞭に観測されています。スピン波の励起周波数が異なることで波長にも大きな差異が生じていますが、これはスピン波の理論的な分散関係と定量的に一致しています。実験では、最大で567MHzの離調に対応するスピン波のイメージングに成功しました。

さらに感度評価の結果から、今回提案したACゼーマン効果に基づく手法は、原理的には数10 GHzという高周波のスピン波を高感度で検出できる可能性を示しました。本研究の成果は、スピン波に関する実験的研究におけるNVセンタの応用範囲を拡大し、金属強磁性体やファンデルワールス磁性体など、さまざまな材料におけるスピンダイナミクスの定量的解析に向けた新たな道を切り開くものです。

本内容は大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 松野研究室との共同研究の成果です。

「物理かるた」発売!

小林が制作に関わった「物理かるた」が発売されました。これは日本物理学会2025-2027年記念事業の一環です。皆様もぜひお手にとってお楽しみください。以下は物理学会HPからの引用です(リンク)。

塚本さん 研究科研究奨励賞を受賞!

当研究室D3の塚本萌太さんの学位論文 “Magnetic domains and domain walls studied by quantum magnetometry”(量子磁場センシングによる磁区と磁壁の研究)が令和6年度理学系研究科研究奨励賞を受賞しました。物理学専攻における約50名の博士学位取得者から5名の受賞者が選ばれ、その1人となりました。おめでとうございます!

本学位論文はダイヤモンド量子センサを用いて、(1) 強磁性磁壁の磁場誘起ダイナミクス (2)トポロジカル反強磁性体の磁区構造 について新知見を得たものであり、その先進性が高く評価されました。

←塚本萌太さん

論文出版:機械学習を用いた量子温度センシング 

機械学習を用いることにより温度の量子センシングの精度向上に成功した成果をAPEX誌に発表しました(→論文)。


ダイヤモンドの窒素-空孔(NV)中心は、電子スピンを利用して温度、磁場、電場、圧力などの物理量を計測できるため、物質科学や生命科学の分野で注目されている量子センサです。NV中心を含むナノダイヤモンドは、非常に小さなサイズ(直径100nm程度)であるため、局所的な温度測定が可能な量子センサとなります。例えば、NDを細胞や微生物に導入して内部の温度変化を観察したり、材料表面に散布して熱拡散を測定したりする応用が進んでいます。

ナノダイヤモンドを用いると、光励起とマイクロ波照射を組み合わせた「光学的検出磁気共鳴(ODMR)」を用いて、ゼロ磁場分裂の温度依存性から温度を測定することができます。しかし、ナノダイヤモンドは結晶の向きが多様であるため、ODMRスペクトルの解析が難しく、従来の手法では精度が不安定でした。例えば、従来用いられている4点測定法は高速ですが精度が低く、また、ODMRスペクトルをローレンツ関数でフィッティングする方法も、一貫性に欠ける問題がありました。

本研究では、4点測定法やフィッティング法に加えて機械学習の一種であるガウス過程回帰(GPR)を導入し、その解析精度を比較しました。その結果、GPRを用いた方が、少ないデータ点でも安定して信頼性の高い結果を得られることを実証しました。本研究により、ND量子温度測定の精度と信頼性が向上し、より幅広い応用が可能になることが期待されます。

(左図)測定系の概念図。温度制御可能なステージにナノダイヤモンド量子センサをセットしODMRスペクトルを高精度に取得。(右図)従来手法である4点測定法 [下] と機械学習GPRを用いた場合 [上] の二乗平均平方根誤差のヒストグラム。GPRを用いた解析手法の方が安定して信頼性の高い結果が得られることを示す。

本研究は 知の物理学研究センター 蘆田准教授との共同研究です。

ARIM 秀でた利用成果表彰式

 2025年1月29日、東京ビッグサイトにおいて 令和6年度 秀でた利用成果発表会、「秀でた利用成果・技術スタッフ表彰」表彰式 が開催されました。
 文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)事業に参加する25機関による推薦および、プログラムディレクターを主査とする選定委員会の審査により、約3000件の設備利用実績の中から「秀でた利用成果」として選定された6件が表彰され、成果発表が行われました。小林研の取り組み「量子センシングのためのマイクロ波アンテナ作製」は「秀でた利用成果」優秀賞を頂きました(受賞者氏名:小林研究室一同:佐々木健人、小河健介、塚本萌太、西村俊亮、中村祐貴、山本航輝、顧豪、小林拓、須田涼太郎、原田怜、小林研介)。三田吉郎先生グループの皆様一同ともお目にかかれて、大変充実した一日となりました。
 本事業を推進してくださっている、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ、国立研究開発法人物質・材料研究機構マテリアル先端リサーチインフラセンターハブの皆様、また、日頃より小林研の取り組みをサポートしてくださっている三田吉郎先生、豊倉敦様をはじめとする武田クリーンルーム支援チームの皆様に深く御礼を申し上げます。

物理学専攻HPでも紹介いただきました(リンク)。

論文出版:hBN量子センサの最適化

高感度なhBNナノ量子センサの開発に成功した成果をPhysical Review Applied誌に発表しました(→論文)。


私たちは、六方晶窒化ホウ素(hBN)というファン・デル・ワールス材料の中にあるホウ素空孔欠陥を用いた量子センサ(下図左)の作製方法を研究しました。この欠陥(色中心)は磁性材料の微小な磁気構造や秩序を高精度に観察する新しいプローブとして期待されています。

微細な磁場を観察するためには磁場感度だけでなく高い空間分解能が必要です。hBNは原子層レベルまで薄くできるため、測定対象表面付近の磁場を精密に検出可能です。しかも、hBNの厚さを精密に測定できるため、量子センサと測定対象の間の距離(スタンドオフ距離)を正確に見積もれるという利点があります。これは、従来手法では難しかった、ナノメートルスケールの磁気構造の定量的観察に役立ちます。

左) hBN量子センサにおける光検出磁気共鳴(ODMR)の概念図。右) hBN量子センサのナノ配列。各スポットは100nm四方の大きさですが、光学分解能のため実際のサイズよりも大きく見えています。

今回、私たちはhBN中にホウ素空孔欠陥をつくるために、ヘリウムイオン顕微鏡(HIM)でイオン照射する方法を採用しました。この手法では、ナノサイズの欠陥を正確な位置に作り出せるため、検出精度がさらに向上します。昨年、私たちは本手法の有用性を世界に先駆けて実証しました(→論文→プレスリリース詳しく)。今回はその成果をさらに発展させ、hBNの厚さや基板の種類がセンサ性能に与える影響も調べ、最適な条件を突き止めました。特に、厚さ約50ナノメートルのhBNを金基板上に配置した場合に、感度が最も高まることを見出しました。

本研究の目的は、磁場センサの空間分解能を高めることにあります。上図(右)に示すように、複数のナノサイズの量子センサをアレイ状に並べ、高性能カメラで同時に観察することで、広い範囲の磁場を一度に精密にイメージングできます。この成果を利用すれば、感度のより高いセンサをより細かい場所に集中させて配置することで、微細な磁場の変化をさらに高精度に観察できるようになります。例えば、磁性体内部におけるスピン相関関数を調べる研究にこのセンサを応用できる可能性があります。将来的には、データ解析技術を改良することで回折限界を超えるような小さなスポットの信号も個別に検出できるようになるかもしれません。

本成果は、物質・材料研究機構(NIMS)の岩崎拓哉独立研究者渡邊賢司主席研究員谷口尚理事、産業技術総合研究所の小川真一客員研究員森田行則上級主任研究員東京工科大学 中払周教授との共同研究によります。

「秀でた利用成果」優秀賞 受賞!

小林研の取り組み「量子センシングのためのマイクロ波アンテナ作製」が文部科学省マテリアル先端リサーチインフラの令和6年度「秀でた利用成果」優秀賞を受賞しました(2024年10月)。

今回選出された6件の「秀でた利用成果」の一つに我々の「量子センシングのためのマイクロ波アンテナ作製」が入りました。普段からお世話になっております東京大学マテリアル先端リサーチインフラ・データハブ拠点の皆様に御礼を申し上げます。ありがとうございます!

西村さん Student Paper Award を受賞!

 当研究室D2の西村俊亮さんが国際会議 Optica Sensing Congress 2024(Toulouse, France, July 15-19, 2024)で口頭発表を行い、Student Paper Award を受賞しました。
 西村さん、おめでとうございます!

※本成果は、東京工業大学 電気電子系 波多野・岩﨑研究室との共同研究によります。

論文出版:パルス動的核スピン偏極の多体効果

電子スピンを操作して核スピンの偏極を高める技術において、パルス操作に起因する多体効果が性能を制限することを理論的に明らかにした成果をPhysical Review Letters誌に発表しました(→論文)。


核スピンを利用した有用な技術は数多く知られています。核磁気共鳴やMRIはその代表例です。近年では、核スピンを十個程度用いて量子プロセッサや量子シミュレータとして利用する実験も報告されています。

これらの技術では、核スピンの低い偏極が課題となることがあります。核スピン偏極を高めることは、核磁気共鳴やMRIの高感度化、量子プロセッサや量子シミュレータの正確化に繋がります。動的核スピン偏極(DNP)は、高い偏極を持つ電子スピンを操作して核スピンと相互作用させることで、核スピンの偏極を高める技術です。最近では、電子スピンの量子操作のためのマイクロ波パルスシークエンスを設計して性能向上を目指す研究も行われています。

このようなパルスシークエンスの設計では、通常、電子スピン一つが核スピン一つと相互作用する状況を考えます。しかし、実際には、電子スピン一つが複数の核スピンと相互作用している状況でパルスDNPが使用されることが少なくありません。このように複数の核スピンがある状況では、例えば、量子干渉によって偏極しない状態(暗状態)が現れることが一般に知られています。

今回、我々は、PulsePolと呼ばれる、量子シミュレータや量子センシングで利用されているパルスDNPに注目し、どのような多体ダイナミクスが生じるかを理論的に検証しました。核スピンが2つある場合のユニタリダイナミクスを解析計算することで、相互作用強度に対して高次の遷移振幅をもつ、目的とは反対方向へ核スピンをフリップさせてしまうダイナミクスが現れることを明らかにしました。加えて、ダイヤモンド中の窒素空孔中心の電子スピンを用いて複数の炭素核スピンを偏極する状況を数値計算し、低磁場(<40 mT)ではこの高次のダイナミクス、高磁場(>40mT)では暗状態によって偏極が制限されることを示す統計結果を得ました。

この成果は、代表的なパルスDNPにおける多体ダイナミクスが偏極を制限することを指摘したものであり、今後の核スピン量子工学やプロトコル設計に重要な指針を与えます。

本成果は、理化学研究所の阿部英介ユニットリーダーとの共同研究によります。

塚本さん Best Poster Awardを受賞!

 当研究室D2の塚本萌太さんが国際会議 International Symposium on Quantum Electronics において Best Poster Award を受賞しました。計118件のポスター発表者の中から4名の受賞者の1人として選出されました。
 塚本さん、おめでとうございます!

Poster: U_0071
Moeta Tsukamoto (D2, Dept. of Phys., University of Tokyo) “Observation of domain wall in chiral antiferromagnet”

※本講演は、中辻知、肥後友也、朝倉海寛(東大理)近藤浩太(理研CEMS)大谷義近(東大物性研・理研CEMS)三輪真嗣、坂本祥哉(東大物性研)Christian L Degen、Zhewen XuPietro GambardellaETH Zurich)の各氏との共同研究の成果です。

論文出版:広帯域マイクロ波イメージングに成功

ダイヤモンドのNV中心を用いてマイクロ波を広帯域でイメージングする手法開発に成功した成果をApplied Physics Letters誌に発表しました(→論文)。本研究は同誌のEditor’s Pickに選定されました。


ダイヤモンドのNV中心は、有望視されている量子センサの一つです。原子サイズの小ささを持つ方位磁針のように使うことができます。私たちは、この特徴を使って物質の磁気的な性質や熱輸送を、あたかも顕微鏡で観察するかのように、観測したいと考えています。

私たちはNV中心を用いたマイクロ波のイメージングを行いました。NV中心は、その特性上、共鳴周波数2.87GHzのマイクロ波に敏感で、これを利用してマイクロ波デバイスの評価や磁性体中のマグノンの可視化などが可能です。しかし、従来の手法には共鳴周波数付近以外では測定が難しいという制約がありました。磁場によって共鳴周波数を変化させることはできますが、この手法は測定対象の本来の性質を変化させてしまう可能性があります(たとえば、磁場に依存する磁気特性を持つ材料では困難です)。

そこで新しいプロトコルとして提案されたのがACゼーマン効果を検出する方法です。ACゼーマン効果とは、マイクロ波照射下でNV中心の共鳴周波数がわずかにシフトすることを指します。この効果自体は実証されていましたが、イメージング測定に使えるかどうかは分かっていませんでした。

私たちは広視野顕微鏡と多数のNV中心(アンサンブルNV中心)を用いて、ACゼーマン効果の検出に成功しました。図にACゼーマン効果を測定するプロトコルと広視野顕微鏡の概念図を示します。マイクロ波平面リングアンテナの周波数応答やオメガ型アンテナ上のマイクロ波振幅の空間分布を広帯域に視覚化できることを示しました。更に、ダイナミカルデカップリングと呼ばれる手法を導入することで感度を大幅に向上させ、微小領域における広帯域なマイクロ波イメージングを可能にしました。

この成果は、アンサンブルNV中心を駆使した新しい広帯域・広視野マイクロ波センシングの基礎を築くものであり、微小な領域における電磁波の振る舞いや磁気ダイナミクス探求に寄与する大切な一歩となります。

論文出版:近藤温度評価の新手法

磁場中におけるスピン1/2近藤状態の普遍的なスケーリングを理論的・実験的に調査し、信頼性の高い近藤温度の新しい評価手法を提案した研究をPhysical Review B誌に発表しました。御覧ください(→論文)。本研究は同誌のEditors’ Suggestionに選定されました。


近藤効果とは、固体中の局在スピンがその周りの伝導電子のスピンと結合することによって、近藤状態と呼ばれる特殊な量子状態を形成する現象のことです。スピンを介して電子の間に非常に強い相互作用が働くことが特徴です。1960年代から現在に至るまで、近藤効果は物性物理学における大切なテーマの一つであり、数多くの研究が行われてきました。※近藤効果の日本語の解説はこちらを御覧ください。

私たちは、カーボンナノチューブを用いて作製した人工原子における近藤効果の研究を行いました。人工原子に導線をつなぎ、通過する電流を測定することによって、人工原子の状態を精密に調べることができます。私たちは、人工原子に加える電圧や磁場などを制御することによって、理想的な近藤状態を実現しました。精密な電流電圧測定によって、磁場中での人工原子の電気伝導度を調べ、近藤状態の普遍的なスケーリングを実証しました。理論的に効率的で信頼性の高い近藤温度の評価手法を提案し、これにより理論と実験の定量的な比較に成功しました。

左図:横軸は近藤温度でスケールされた磁場、縦軸はゼロ磁場での伝導度でスケールされた磁場中の伝導度を示しています。実線・点線は理論式、丸印は実験値を表しています。理論・実験とも近藤効果特有のスケーリングがきれいに成り立っていることがわかります。磁場中における近藤温度を正確に評価できることを実証した結果です。

今回の成果は近藤温度を定量的に評価できる有用な新手法を与えるものであり、近藤効果の低エネルギー状態を正確に理解するために重要です。また、この手法は冷却原子など温度制御が難しい系にも適用可能です。今後の展望としては、この手法を拡張して異なる物理系(冷却原子、超伝導-スピン量子ビット相互作用系など)での近藤効果を探求していくことが期待されます。

本成果は、阪野塁(慶応大)、秦徳郎(東工大)、本山海司(大阪市大)、寺谷義道、堤和彦、小栗章(大阪市大・大阪公立大)、荒川智紀(産総研)、Meydi Ferrier、Richard Deblock(パリ=サクレー大)、江藤幹雄(慶応大)との国際共同研究によります。

論文出版:量子渦のイメージング

超伝導体YBCO薄膜の量子渦(渦糸)状態をダイヤモンド量子センサでイメージングした成果をApplied Physics Letters誌に発表しました(→論文)。


超伝導体における量子渦は、巨視的な量子現象の現れであると同時に、超伝導体の特性を理解する上で重要な情報を与えてくれます。その可視化には様々な技術が応用されてきました。本研究では、ダイヤモンド量子センサを用いた新技術により、超伝導薄膜内の量子渦から発生した磁場を広視野かつ高精度にイメージングすることに初めて成功しました。ダイヤモンド量子センサ基板の作製手法を工夫するとともに、その不均一性の影響を軽減する新しい解析手法を開発し、銅酸化物高温超伝導体の一つであるYBa2Cu3O7−δ(YBCO)薄膜中の量子渦を様々な温度・磁場においてイメージングしました。多数の量子渦を同時に観測し、一つ一つ調べた結果、量子渦の磁束が量子化していることを高い精度で実証しました。さらに、得られた量子渦の形状が理論モデルと整合することや、磁場侵入長の振る舞いが従来の結果と一致することから、開発した技術の正確性と幅広い適用性を証明しました。

超伝導体YBCOにおける量子渦

今回実証に成功した広視野イメージング技術は、幅広い温度・磁場範囲、高圧などの極限環境下でも有効であり、今後、高圧下における高温超伝導体への適用などの新しい超伝導体の開発や、その応用研究に役立つことが期待されます。

より詳しくはプレスリリース「量子の渦、数えます! ――ダイヤモンド量子センサによる超伝導研究の新手法――」も御覧ください。

本成果は、東京工業大学 電気電子系 波多野・岩﨑研究室との共同研究によります。

2023/09/20 マイナビニュースで紹介されました。
2023/09/19 OPTRONICS ONLINEで紹介されました。

論文出版:同位体制御による量子センサの性能向上

六方晶窒化ホウ素(hBN)のホウ素欠陥における窒素の同位体効果について調べ、量子センサの性能向上につながる可能性を見出した成果をApplied Physics Express (APEX) 誌に発表しました(→論文)。


量子技術とは、量子効果を利用して情報処理やセンシングを行う分野です。量子センシングに用いる量子センサとしてはダイヤモンドの窒素空孔中心(NV中心)が有名ですが、近年、六方晶窒化ホウ素(hBN)のホウ素欠陥欠陥(VB)が新しい量子センサとして注目されています(例えば、論文出版:hBN量子センサの感度向上に成功論文出版:量子センサのナノ配列を実証 を御覧ください)。

量子センサの感度を高めるには、その周囲に核スピンが少ないことが重要です。というのも量子センサの実体となる電子スピンにとっては、周囲の核スピンが擾乱の要因となるためです。そこで、私たちはhBN結晶に含まれる窒素の同位体に注目しました。窒素の同位体には14Nと15Nの2つがあり、天然の存在比は前者が99.6%、後者は0.4%です。したがって通常のhBNはほぼhB14Nで構成されています。一方で、15Nの核スピンは14Nの半分です(15NではI=1/2、14NではI=1)。そこで、hB15Nを用いることができれば、量子センサの感度が向上することが予想されます。

本研究では、15N同位体の濃度を制御し、天然存在比の場合(0.4%、ほぼ存在しないことと同じ)、増やした場合(約60%)、完全に15Nにした場合(100%)の3種類の場合のhBN量子センサについて同位体効果を調べました。光検出磁気共鳴スペクトルを図に示します。上図と下図を比べると、hB14N量子センサよりもhB15N量子センサの方が、スペクトルの構造が単純になり、鋭いことが分かります。このことは量子センサの感度向上に直結します。

このような同位体制御hBN量子センサは様々な新しい可能性をもたらします。たとえば、同位体でラベリングする手法によって単原子層物質の表裏を区別できるような高度な位置決め測定も可能になります。本研究は、窒素同位体の活用によってhBN量子センサの可能性を広がることを示した点で、量子センシングの発展につながるものです。

本成果は、物質・材料研究機構(NIMS)の谷口尚理事との共同研究によります。

西村さん QLC2023 Young Researcher Awardを受賞!

 当研究室D1の西村俊亮さんが札幌で開催された国際会議 International Conference on Quantum Liquid Crystals 2023 (QLC2023) において Young Researcher Award を受賞しました。計118件のポスター発表者の中から2名の受賞者の1人として選出されました。

 西村さん、おめでとうございます!

PS2-45
Mr. Shunsuke Nishimura (D1, University of Tokyo)
“Quantitative imaging of superconducting vortices penetrating a thin film using diamond quantum sensor”

※本成果は、東京工業大学 電気電子系 波多野・岩﨑研究室との共同研究によります。

論文出版:量子センサの意外な光学特性

窒素空孔中心の光検出磁気共鳴(ODMR)の励起光強度依存性について詳細に調査した結果を Journal of the Physical Society of Japan 誌に発表しました(→論文)。

※筑波大学 野村 晋太郎先生が紹介記事を書いてくださいました。ぜひ御覧ください。Shintaro Nomura, “A Quest for Accurate Quantum Sensing Using Diamonds”, JPSJ News Comments 20, 14 (2023).
※本論文は Papers of Editors’ Choice(注目論文)に選定されました。
※本論文は JPS Hot Topics にも選定されました。どうぞ御覧ください(→ JPS Hot Topics)。
※2023年6月の JPSJ Top 20 Most Downloaded Articlesにランクインしました。


近年、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心を用いた磁場や温度のセンシングが注目を集めており、物性物理計測にも応用が始まっています。一方で、NV中心ならではの探索手法を確立するには、感度だけでなく、確度も向上させていくことが重要です。NV中心の最も基本的なセンシング手法である光検出磁気共鳴(ODMR)では、ODMRスペクトルの磁気共鳴周波数を見積もることで磁場や温度の測定を行います。

最近、低磁場におけるナノダイヤモンド中のNV中心のODMRスペクトルが励起光強度によって変化し、温度測定の確度を低下させるという意外な現象が報告されました [M. Fujiwara et al., Phys. Rev. Res. 2, 043415 (2020)]。この現象は微弱な磁場測定においても確度を低下させる課題となりえます。特に、私達が注力しているCMOSカメラとNVアンサンブルを利用した磁場や温度の広視野イメージングにおいては、視野内の励起光密度の不均一さが磁場や温度のアーティファクトを引き起こす可能性があるため、重要な課題です。

私たちは、ナノダイヤモンド(ND)とバルクダイヤモンド単結晶中のNVアンサンブルを用いて、ODMRスペクトルの励起光強度依存性を調べました。共鳴周波数付近でODMRスペクトルは2つに分裂しています。磁場中ではゼーマン効果によって分裂はさらに大きくなります。このことを利用して精密な磁場測定が可能となるのです。

ところが、わたしたちは、ゼロ磁場における分裂幅Δが励起光強度に依存することを見出しました。具体的には左図に示すように、励起光強度の増加とともに、分裂幅Δが指数関数的に減衰し、あるところで飽和することを見出しました。NDとバルク試料の比較から、減衰振幅は試料に依存するのに対し、減衰が飽和する励起光強度はほとんど試料に依存しないこともわかりました。

この予期せぬ現象は、非軸対称変形や不純物によるNV中心の本質的な性質であると考えられます。また、この発見は変形の少ないダイヤモンドの方が正確な磁場測定に有利であることを示しています。同時に、ODMRスペクトルから磁場を正確に読み出すためには、励起光強度依存性をきちんと考慮する必要があること、および、ある程度以上強い励起光を入射することによって確度の劣化を抑制できることも示しています。今回の成果は、ダイヤモンド量子センサを用いた精密な磁場測定技術の基礎となります。

本研究は、NIMS 寺地徳之氏との共同研究です。

※Papers of Editors’ Choice(注目論文)に選定されました。
※本論文は JPS Hot Topics にも選定されました。どうぞ御覧ください(→ JPS Hot Topics)。
※2023年6月の JPSJ Top 20 Most Downloaded Articlesにランクインしました。
※筑波大学 野村 晋太郎先生が紹介記事を書いてくださいました。ぜひ御覧ください。Shintaro Nomura, “A Quest for Accurate Quantum Sensing Using Diamonds”, JPSJ News Comments 20, 14 (2023).

論文出版:量子センサのナノ配列を実証

量子センサをナノスケールのサイズで自在に並べる技術の開発に成功した成果をApplied Physics Letters誌に発表しました(→論文)。


六方晶窒化ホウ素(hBN)中のホウ素空孔欠陥は、室温においても光学的に量子状態を読み出すことができ、量子センサとして磁場測定に利用できます。この磁場に敏感な量子センサは、まるで微小な「方位磁針」のように振る舞います。本研究では、hBNのナノ薄膜に作製した量子センサをナノスケールで配列することによって、高分解能な磁場イメージングを実証しました。

具体的には、ヘリウムイオン顕微鏡からのヘリウムイオンビームを狙った場所に 100 nm×100 nm サイズで照射することで、そのスポット内に量子センサを生成しました。このような微小スポットを配列させ、それぞれのスポットから得られる磁場データを適切に処理することによって、高空間分解能で磁場をイメージングできることを示しました。

本研究は、測定対象表面の狙った位置にナノサイズの方位磁針を作る技術を確立したものであり、局所磁場や電流分布を調べる手法として、磁性体、超伝導体、電子デバイスなど幅広い研究分野での利用が期待されます。より詳しくは プレスリリース「量子センサを自在に並べる!――狙った位置にナノサイズの“方位磁針”をつくる――」も御覧ください。

本成果は、物質・材料研究機構(NIMS)の中払周主幹研究員(研究当時、現職:東京工科大学教授)、岩崎拓哉独立研究者渡邊賢司主席研究員谷口尚理事、産業技術総合研究所の小川真一客員研究員、森田行則研究グループ長との共同研究によります。

2023/09/20 理学部ニュース2023年9月号で紹介しました。量子センサについての平易な解説にもなっています。ぜひ御覧ください(→記事「量子センサを自在に並べる!」)。
2023/06/19 日刊工業新聞に掲載されました。「東大、hBN欠陥量子センサーをナノ配置 微小な局所磁場計測」(20面)
2023/06/15 本論文が AIP Publishing Showcase に選定されました。
Congratulations – your article Magnetic field imaging by hBN quantum sensor nanoarray has been selected to appear in the AIP Publishing Showcase on Kudos. AIP Publishing and Kudos

論文出版:ねじれ ランダウ ツェナーモデルの実証

量子力学の黎明期から研究されているランダウ・ツェナーモデルに“ねじれ”効果を取り入れた新モデルを実証し、量子トンネル確率を0%からほぼ100%まで自在に制御した成果を Physical Review A 誌に発表しました(→論文)。


 1932年に発表されたランダウ・ツェナー(LZ)モデルは、量子二準位系における障壁の制御速度と量子トンネル確率を結びつけるもので、今日でも量子制御の基本モデルとして役に立っています。本研究では、LZモデルに幾何学的な“ねじれ”効果を取り入れた新しい「ねじれランダウ・ツェナー(TLZ)モデル」(下図)を実証することに世界で初めて成功しました。精密にプログラムしたマイクロ波パルスによってダイヤモンド中の窒素空孔中心の電子スピンを制御することでTLZモデルを固体中で実現し、平均95.5%という高確率で量子トンネル効果を実現できることを証明しました。本研究は、様々な量子系で普遍的に生じるダイナミクスの理解やその制御方法にとって意義深く、量子トンネル効果を積極的に利用する量子制御の新手法として、量子コンピュータ、固体中のキャリア制御、核磁気共鳴など、様々な応用が期待されます。
 本研究は、物性研 岡隆史教授NIMS 寺地徳之氏との共同研究です。
 詳しくはプレスリリースもご覧いただければ幸いです。

ねじれランダウ・ツェナーモデルと量子トンネル効果

2023.05.30 OPTRONICS ONLINEに掲載されました。「東大,「ねじれ」で量子トンネル確率を自在に制御
2023.05.30 マイナビニュースに掲載されました。「東大、量子トンネル効果を平均95%以上の高確率で実現できることを証明
2023.05.27 日本経済新聞のサイトに掲載されました。「東大、量子トンネル効果を100%に近い確率で誘起する幾何学的効果の実証に成功

論文出版:hBN量子センサの感度向上に成功

パルス制御技術を用いてhBN量子センサによる磁場計測の感度向上に成功した研究をApplied Physics Express誌に発表しました(論文)。


 近年、六方晶窒化ホウ素(hBN)中の点欠陥であるホウ素空孔欠陥(VB)(右図)を利用した室温における物性測定が行われ始めています。この色中心は、ダイヤモンド中のNVセンタと同様にスピン1の系として振る舞い、光学的にスピン状態を検出可能です。さらに、hBNは2次元ファンデルワールス物質であるため密着性が高く、測定対象からの磁場を効率よく検出することが可能です。

 ホウ素空孔欠陥の光検出磁気共鳴(ODMR)スペクトルは2つのディップを持ちます。そのうち1つのディップを詳細に見てみると、さらに7つのディップに分かれています(左図)。これらのディップは欠陥の第1近傍の3つの窒素の核スピンからの超微細相互作用によって生じるものです。

 隣接する核スピンの影響のために、hBN量子センサを用いて交流磁場を検出する際に測定感度が下がってしまいます。そこで、私たちは超微細相互作用を考慮して、図の2〜6番に相当する周波数を持つ複数のマイクロ波を複合したパルスを印加しました。すると、ラビ振動の信号コントラストを2.2倍上昇させることができ、hBN量子センサの交流磁場感度を向上させることができました。
 このような複合パルス制御は、磁気ゆらぎの検出などのパルス測定にも適用することができ、量子センサの感度向上につながります。

西村さん 日本物理学会 学生優秀発表賞を受賞!

当研究室D1の西村俊亮さんが 2023年春季大会 日本物理学会学生優秀発表賞(領域6)を受賞しました。3月に開催された日本物理学会 2023年春季大会における以下の発表が高く評価されました。なおこの内容は現在投稿中です(→論文)。

西村さん、おめでとうございます!

発表番号:25aF1-9
「ダイヤモンド量子センサを用いた超伝導体薄膜の磁束量子の定量的観測」
“Quantitative imaging of superconducting vortices penetrating a superconductor film using diamond quantum sensor”
東大理,東工大A
西村俊亮,小林拓,佐々木大地,辻赳行A,岩﨑孝之A,波多野睦子A,佐々木健人,小林研介
※本成果は、東京工業大学 電気電子系 波多野・岩﨑研究室との共同研究によります。

風格のある賞状です。

論文出版:磁気トンネル接合における非線形伝導の普遍性

極小の磁気トンネル接合における非線形伝導について系統的に調べた研究をPhys. Rev. B誌に発表しました(論文)。


磁気トンネル接合(MTJ)とは、2層の強磁性体が絶縁体を挟んだ構造の素子のことです。2つの強磁性体の相対的な磁化方向によって電気抵抗が大きく変化するため、磁場センサとして様々な応用が行われています。また、この現象は(単純な接合構造であるにも関わらず)電気伝導にスピン依存性が顕著に現れるという点で、学術的にも大きな注目を集めてきました。

MTJに関しては、電流と電圧の関係がオームの法則からずれるという非線形性があることが知られています。このような非線形性は磁場センサとしての応用の際に障害となるため、そのメカニズムの解明は重要なのですが、長年の未解決問題となっています。例えば、私たちはマグノンが非線形性の原因となっている可能性について実験的に議論し、論文を発表しています(お知らせ)。

今回、私たちは磁化容易軸が垂直で様々な接合サイズを持つMTJを用いて、低バイアス領域での非線形伝導について、電流-電圧特性および強磁性共鳴の測定によって調べました。電流-電圧特性は、
 I = G1V +G2V2 +G3V3+…
と表されます。G1が線形応答の成分で、より高次の項 G2, G3が非線形伝導を特徴づけます。私たちは、G2が接合サイズが小さくなるにつれて増加すること、G3G1と負の相関を持つこと(図)、その係数 δG3G1(=k)はG2と正の相関を持つこと、を見出しました。非線形伝導にこのような系統的な関係が存在することは、背後に普遍的なメカニズムがあることを示唆しています。

様々なサイズ(D)のMTJの非線形伝導に普遍的に現れるG1G3の負の相関

これらの結果は、電子が接合をトンネルする際のスピン反転や、ナノ加工プロセスによるデバイス端での材料特性の変調を考慮することで説明できました。また、強磁性共鳴測定はこのような物理的メカニズムを支持するものでした。

以上の結果は、ナノスケールのMTJにおける電気伝導のメカニズムの解明に新たなヒントを与え、その非線形性を記述するモデルの確立を促進するものです。

本研究は、大野英男先生深見俊輔先生大塚朋廣先生篠崎基矢さん をはじめとする東北大学の皆様、および スイス連邦工科大学チューリッヒ校の 岩切秀一さん 他との共同研究の成果です。

論文出版:量子センサによる温度イメージング

 ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NVセンタ)を用いて、熱輸送ダイナミクスを可視化した成果を Journal of the Physical Society of Japan 誌に発表しました(論文arXiv)。


 ダイヤモンド結晶内の点欠陥の一つである窒素空孔中心(NVセンタ)は、磁場を精密に測定できる原子サイズの量子センサとして期待されており、私たちも研究を進めています。実は、NVセンタは磁場だけではなく、温度や電場、圧力のセンサにもなることが知られています。私たちはNVセンタを原子サイズの温度計として用いて熱伝導を可視化する研究を行いました。

 最初にNVセンタが温度計になる理由を説明しましょう。NVセンタはダイヤモンド結晶中に閉じ込められた擬似的な原子と考えることができます。原子内の準位と同様、NVセンタ内の準位もとびとびの(離散的な)値を持っています。ダイヤモンド結晶の温度が変化すると結晶格子が熱的に伸び縮みするため、NVセンタ内の準位も変化します。光検出磁気共鳴という手法によって、準位をマイクロ波周波数として精密に読み出すことにより、温度を測定することができるのです。

 このように、NVセンタを用いると物質の局所的な(=原子サイズで)温度を高精度に測定できます。しかも測定対象を選ばないという利点を持っています。しかし、これまでは主に生体内部の温度測定に焦点が当てられてきており、物性測定に用いられた例は多くはありませんでした。

 私たちは、ナノダイヤモンド中のNVセンタを利用して温度のロックインイメージング測定手法(ロックインサーモグラフィー)を開発し、ガラスおよびテフロンを測定対象とした原理実証実験を行いました。具体的には、試料の片側から交流的に熱を加え、試料中を熱が伝播する様子をNVセンタを用いてマイクロメートル・サブケルビンの精度で画像として検出しました。ロックイン検出の原理を用いて、振幅と位相の情報から測定対象の熱拡散率を定量的に決定し、物質による熱拡散率の違いを測定できることを示しました。

 本研究は、NVセンタを用いて熱輸送ダイナミクス測定が可能であることを示した実験です。通常の温度計を用いた測定手法に比べ、極小のナノダイヤモンドを用いて光学的に非接触で測定する本手法は非侵襲的であり、熱物性測定に適しています。さらにナノダイヤモンドは任意の形状を持つ物質に塗布することができます。本手法は、既存手法では測定することの難しい材料やより高い空間分解能での測定へと発展していくことが期待されます。

(a) ロックインサーモグラフィの概念図。左端のヒーターから交流熱流を印加し、試料上に塗布したナノダイヤモンド(灰色楕円形で示した)における周期的な温度変化を時間・位置分解して測定する。位相と振幅の空間分布から、試料の熱物性に関する情報を得ることができる。(b) ナノダイヤモンド中のNVセンターによるイメージング系の模式図。(c) 試料上の熱拡散を測定するためのセットアップ。

論文出版:量子センサにおけるフロケエンジニアリング

 ダイヤモンド中の窒素空孔(NV)中心を用いて、大強度で周期的に駆動された二準位系の振る舞いをフロケ理論と精密に比較した成果をPhysical Review Applied誌に発表しました(論文)。


 外場によって周期的に駆動された量子系は、新しい非平衡量子現象の舞台として注目を集めています。その代表例がフロケ(Floquet)理論によって記述される時間結晶などのフロケ状態です。

 一方で、現実の系では熱化・ヒーティング・デコヒーレンスなどのため、理想的な状況を検証できるパラメータ領域には制限があります。そのため、二準位系(量子ビット)が強い駆動に対してどの程度まで理論通りに振る舞えるのか、何がそれを阻害するのかなど、完全には理解されていない未解決の問題があります。

 今回、私たちは量子センサであるダイヤモンド窒素空孔(NV)中心を用いてフロケ状態を作りだし、強い外場で周期駆動させたときの振る舞いを実験的に研究しました。具体的には、単一のNV中心(理想的な二準位系の一つです)を大きな磁場とCarr-Purcellシーケンスによって周期的に駆動しました。同期読み出し法によってその振る舞いを精密に検出し、さらに理論との定量的な比較を行いました。

 よく知られているように二準位系の物理にはベッセル関数が頻出します。私たちの実験では、211次という非常に高い次数を持つベッセル関数で表されるダイナミクスまで観測することができました(下図左)。しかもその振る舞いが理想的な理論モデルと一致することも確認しました(下図右)。理想的な場合からの僅かなズレについても、パルス長さとエラーを考慮した数値解析によって完全に理解できることが分かりました。

 本研究は、NV中心がフロケエンジニアリングを研究する上で理想的なプラットフォームであることを示しています。また、本研究で実証した同期読み出し法は、広いダイナミックレンジで高精度に磁場を量子計測するための基盤技術となります。

 本研究は慶應義塾大学 伊藤公平先生、理工学部 早瀬潤子先生との共同研究です。

図:左が実験的結果、右が解析解。横軸は振動磁場の振幅を表し、縦軸はベッセル関数の次数を表します。磁場振幅が大きくなるとより高次のベッセル関数が現れます。その振る舞いはフロケ理論(右)と良く合致します。実験で観測されている(理論では見られない)ゆらぎのような構造は、パルス長さとエラーを考慮した数値解析によって完全に再現することが可能です。

山本さん TSQS2022 ポスター賞を受賞!

当研究室M1の山本航輝さんが 国際会議 2nd International Symposium on Trans-Scale Quantum Science (TSQS2022) でポスター賞を受賞しました。以下の発表が高く評価されました。ナノダイヤモンド量子センサの温度計測に機械学習を用いて精度を高めた成果です。

山本さん、おめでとうございます!

Kouki Yamamoto, Kensuke Ogawa, Moeta Tsukamoto, Kento Sasaki, and Kensuke Kobayashi,
Nanodiamond quantum thermometer assisted with machine learning,”
2nd International Symposium on Trans-Scale Quantum Science (TSQS2022) at The University of Tokyo, Japan, November 8-11, 2022.

塚本さん 日本物理学会 学生優秀発表賞を受賞!

当研究室D1の塚本萌太さんが 日本物理学会 2022年秋季大会 学生優秀発表賞 (領域3)を受賞しました。9月に開催された日本物理学会 2022年秋季大会における以下の発表が高く評価されました。なおこの内容は量子計測に機械学習を適用した成果(プレスリリースお知らせ)を報告したものです [Scientific Reports 12, 13942 (2022)]。

塚本さん、おめでとうございます!

15aW641-5
「機械学習によるナノダイヤモンド量子センサの磁場イメージング」
“Accurate magnetic field imaging using nanodiamond quantum sensors enhanced by machine learning”
東大理
塚本萌太,伊藤秀爾,小河健介,蘆田祐人,佐々木健人,小林研介

立派な賞状を頂きました。

論文出版:量子計測×機械学習

ナノダイヤモンド中の窒素空孔中心の磁場依存性の精密な測定結果を機械学習し、従来法よりも正確性の高い磁場イメージングに成功した成果を Scientific Reports 誌に発表しました(プレスリリース論文)。

ダイヤモンド中の窒素空孔中心の電子スピンの量子状態は、室温においても長く保たれ、光学的に読み出せる稀有な特性をもつことから、量子計測に応用されています。本研究では、膜状に分布させたナノダイヤモンドの集団の磁場依存性を機械学習することで、精密な磁場イメージングに成功しました。ヘルムホルツコイルを用いて精密に磁場を制御しながらダイヤモンドのスペクトルを測定し、モデルフリーな機械学習として知られるガウス過程回帰を用いることで磁場強度を正確に推定する関数の生成に成功しました。この研究は、磁性体、電子デバイス、生物、鉱物など、さまざまな形状を持つ測定対象表面の磁場分布の調査において強力なツールとなります。

本研究は 知の物理学研究センター 蘆田准教授との共同研究です。

プレスリリース、→論文

日刊工業新聞に掲載されました(2022年9月5日18面)。
●電子版に取り上げて頂きました:日本経済新聞電子版OPTRONICS ONLINEGAMINGDEPUTY JAPANニュースイッチ日刊工業新聞マイナビニュース

図: (a) 実験装置の模式図。周囲の大きなリング群が磁場を制御するヘルムホルツコイルです。事前に高性能な磁束計で校正してあります。緑の板状のものが電子スピンを操作するためのマイクロ波を照射するアンテナであり、その上にナノダイヤモンド膜を付着させたカバーガラスがテープで固定されています。対物レンズを通してレーザを照射し、ナノダイヤモンドの発光を測定します。(b)機械学習の模式図。ナノダイヤモンドのスペクトルを複数の磁場強度で測定したものをトレーニングデータとして用います。本研究で用いた機械学習法ではスペクトルを磁場強度に変換する関数が得られます。

論文出版:スピン情報の最適な読み出し手法の開発

ダイヤモンドNV中心におけるスピンの読み出しを最適化する手法についての成果をAIP Advances誌に出版しました(論文)。


私たちは、ダイヤモンド結晶中における窒素空孔中心(NVセンタ)を用いた物性計測の研究を行っています。このような量子センシングでは、センサの量子状態を効率的に決定する技術の開発が不可欠です。

今回、私たちはNVセンタのスピン状態を読み出すために、フォトルミネッセンス強度(図(a))の重み付けを最適化する手法について研究しました。従来は実験結果を見ながら適切なしきい値(例として 図(b) 黒線)を設定してスピン状態を決定していたのですが、光学遷移を考慮した物理モデル(5準位モデル 図(c))を採用することで、効率的な読み出しが可能となりました(図(b) 赤線)。実際、この手法を用いて、スピン状態の読み出しに関わる信号雑音比(SN比)を5.4%向上させることができました。

NVセンタ内の電子スピンの情報は、パルス操作を行うことによって、窒素原子の核スピンに保存することが可能です。これを核スピンメモリと呼びます。私たちは今回開発した手法により、核スピンメモリの読み出しも向上させることができることを実証しました。

5%程度の効率化はそれほど大きくないように見えるかもしれません。しかし、本手法は数分から数日までかかるような様々な測定に利用することができるため、トータルで見ると測定時間の大きな削減につながり、効率の良いセンシングが可能になります。

本研究は慶應義塾大学 伊藤公平先生、理工学部 早瀬潤子先生、産業技術総合研究所 渡邊幸志先生、住友電工 角谷均先生との共同研究です。

佐々木助教 井上研究奨励賞を受賞!

小林研究室の佐々木健人助教が第38回(2021年度)井上研究奨励賞井上科学振興財団)を受賞しました。おめでとうございます!

井上研究奨励賞は、自然科学の分野で過去3年間に博士の学位を取得した37歳未満(申込締切日現在)の研究者のうち、優れた博士論文を提出した研究者に対し授賞されるものです。

佐々木さんは2019年度に慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻において、伊藤公平教授(現 慶應義塾大学塾長)のご指導のもと、博士(工学)を取得されました。佐々木さんの学位論文 “Electron and nuclear spin sensing using nitrogen-vacancy centers in diamond” (和文「ダイヤモンド中の窒素-空孔中心を用いた電子スピンと核スピンの検知」本文☞)が高く評価され、今回の受賞となりました。

おめでとうございます! また、今後のご研究のますますの発展を願っています。

大学院理学系研究科・理学部 広報室のHPにも掲載されました。こちらも御覧ください。
「物理学専攻の佐々木健人助教が第38回井上研究奨励賞を受賞」