論文出版:マグノンによる非線形伝導

投稿者: | 2021年6月24日

磁気トンネル接合における非線形伝導が電子マグノン相互作用によって説明できることを示した研究をPhys. Rev. B誌に発表しました(論文)。


電子輸送における電流-電圧特性は、ゆらぎや相互作用といった、系の微視的な情報を持っています。特に、外場が十分に弱い領域は線形応答理論によって記述でき、輸送測定による物性評価の基盤となっています。一方で、電流と電圧の比例関係が破れる領域、すなわち非線形輸送において、その微視的な機構を理解することはいまなお挑戦的な問題です。

非線形輸送の要因の一つに、電子-素励起相互作用があります。例えば、量子ドットのようなメゾスコピック系の素子の非線形輸送には、電子フォノン相互作用の効果が現れることが知られています。

本研究は、電子や素励起のスピン依存性が顕著な系において、スピン依存の非線形輸送の微視的な理解を目標として行いました。その対象として、強磁性体/絶縁体/強磁性体からなる磁気トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction; MTJ)に注目しました。MTJの電流-電圧特性は強い非線形性を示すことが知られていますが、その微視的な機構は十分に理解されていませんでした。

今回、私たちはCoFeB/MgO/CoFeBを基本構造とするMTJを作製し、電流-電圧特性の面内磁場およびMgO絶縁膜厚の依存性における非線形性を評価しました。測定された電流Iは、バイアス電圧Vに対してI=G1 V+G3 V3+⋯とフィッティングできました。さらに、線形応答を規定する量である電気伝導度(G1)と非線形伝導の主要項を記述する係数(G3)間にMgO膜厚や温度に依存しない相関関係が成り立つことを発見しました(図1)。

図1 線形応答G1と非線形応答G3との間の負の相関
図2 マグノン支援伝導

私たちはこの関係を、電子マグノン相互作用を取り入れた現象論的なモデル(図2)によって定性的に説明することに成功しました。このモデルは、磁化ゆらぎであるマグノンとトンネル電子との相互作用によるトンネル機構、すなわちマグノン支援伝導が、非線形輸送に本質的な寄与を果たしていることを示しています。

MTJはスピン依存伝導を研究するための最も理想的な舞台の一つです。このような研究は、非平衡非線形輸送の理解の発展に貢献します。

本研究は、物質・材料研究機構(NIMS) 磁性・スピントロニクス材料研究拠点との共同研究です。