論文出版:パルス動的核スピン偏極の多体効果

投稿者: | 2024年5月9日

電子スピンを操作して核スピンの偏極を高める技術において、パルス操作に起因する多体効果が性能を制限することを理論的に明らかにした成果をPhysical Review Letters誌に発表しました(→論文)。


核スピンを利用した有用な技術は数多く知られています。核磁気共鳴やMRIはその代表例です。近年では、核スピンを十個程度用いて量子プロセッサや量子シミュレータとして利用する実験も報告されています。

これらの技術では、核スピンの低い偏極が課題となることがあります。核スピン偏極を高めることは、核磁気共鳴やMRIの高感度化、量子プロセッサや量子シミュレータの正確化に繋がります。動的核スピン偏極(DNP)は、高い偏極を持つ電子スピンを操作して核スピンと相互作用させることで、核スピンの偏極を高める技術です。最近では、電子スピンの量子操作のためのマイクロ波パルスシークエンスを設計して性能向上を目指す研究も行われています。

このようなパルスシークエンスの設計では、通常、電子スピン一つが核スピン一つと相互作用する状況を考えます。しかし、実際には、電子スピン一つが複数の核スピンと相互作用している状況でパルスDNPが使用されることが少なくありません。このように複数の核スピンがある状況では、例えば、量子干渉によって偏極しない状態(暗状態)が現れることが一般に知られています。

今回、我々は、PulsePolと呼ばれる、量子シミュレータや量子センシングで利用されているパルスDNPに注目し、どのような多体ダイナミクスが生じるかを理論的に検証しました。核スピンが2つある場合のユニタリダイナミクスを解析計算することで、相互作用強度に対して高次の遷移振幅をもつ、目的とは反対方向へ核スピンをフリップさせてしまうダイナミクスが現れることを明らかにしました。加えて、ダイヤモンド中の窒素空孔中心の電子スピンを用いて複数の炭素核スピンを偏極する状況を数値計算し、低磁場(<40 mT)ではこの高次のダイナミクス、高磁場(>40mT)では暗状態によって偏極が制限されることを示す統計結果を得ました。

この成果は、代表的なパルスDNPにおける多体ダイナミクスが偏極を制限することを指摘したものであり、今後の核スピン量子工学やプロトコル設計に重要な指針を与えます。

本成果は、理化学研究所の阿部英介ユニットリーダーとの共同研究によります。