ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NVセンタ)を用いて、熱輸送ダイナミクスを可視化した成果を Journal of the Physical Society of Japan 誌に発表しました(論文、arXiv)。
ダイヤモンド結晶内の点欠陥の一つである窒素空孔中心(NVセンタ)は、磁場を精密に測定できる原子サイズの量子センサとして期待されており、私たちも研究を進めています。実は、NVセンタは磁場だけではなく、温度や電場、圧力のセンサにもなることが知られています。私たちはNVセンタを原子サイズの温度計として用いて熱伝導を可視化する研究を行いました。
最初にNVセンタが温度計になる理由を説明しましょう。NVセンタはダイヤモンド結晶中に閉じ込められた擬似的な原子と考えることができます。原子内の準位と同様、NVセンタ内の準位もとびとびの(離散的な)値を持っています。ダイヤモンド結晶の温度が変化すると結晶格子が熱的に伸び縮みするため、NVセンタ内の準位も変化します。光検出磁気共鳴という手法によって、準位をマイクロ波周波数として精密に読み出すことにより、温度を測定することができるのです。
このように、NVセンタを用いると物質の局所的な(=原子サイズで)温度を高精度に測定できます。しかも測定対象を選ばないという利点を持っています。しかし、これまでは主に生体内部の温度測定に焦点が当てられてきており、物性測定に用いられた例は多くはありませんでした。
私たちは、ナノダイヤモンド中のNVセンタを利用して温度のロックインイメージング測定手法(ロックインサーモグラフィー)を開発し、ガラスおよびテフロンを測定対象とした原理実証実験を行いました。具体的には、試料の片側から交流的に熱を加え、試料中を熱が伝播する様子をNVセンタを用いてマイクロメートル・サブケルビンの精度で画像として検出しました。ロックイン検出の原理を用いて、振幅と位相の情報から測定対象の熱拡散率を定量的に決定し、物質による熱拡散率の違いを測定できることを示しました。
本研究は、NVセンタを用いて熱輸送ダイナミクス測定が可能であることを示した実験です。通常の温度計を用いた測定手法に比べ、極小のナノダイヤモンドを用いて光学的に非接触で測定する本手法は非侵襲的であり、熱物性測定に適しています。さらにナノダイヤモンドは任意の形状を持つ物質に塗布することができます。本手法は、既存手法では測定することの難しい材料やより高い空間分解能での測定へと発展していくことが期待されます。