論文出版:非線形スピン波ダイナミクスの量子センサー可視化

投稿者: | 2025年12月10日

ダイヤモンド量子センサーを用いて非線形領域におけるスピン波の伝播の様子を広帯域でイメージングし、定量的に解析した成果をPhys. Rev. B誌に発表しました(→論文)。


スピン波とは、磁性体の内部で電子スピンが協調して揺らぎ、その揺らぎが波として空間に伝わっていく現象です。スピンの向きそのものが情報を運ぶため、電流を流す必要がなく、発熱が少ないという特徴があります。このため、スピン波を使って信号処理を行う「マグノニクス」とよばれる分野が近年活発になっており、低消費電力の論理素子や新しい計算方式への応用が期待されています。また、スピン波は振幅が大きくなると自ら他のモードへ散乱したり、波の性質が変わったりするなど、非線形波動として興味深いふるまいも示します。こうした性質を理解し制御することは、基礎物理の観点からも、応用研究の観点からも重要になっています。

私たちは、磁性体の中を伝わるスピン波が強く励起されたときに示す非線形なふるまいを定量的に調べ、理論的に説明しました。これまでにも非線形性の観測自体はありましたが、波の振幅や波数がどのように変化するかを定量的かつ空間的に測定することは難しく、その点が未解明のままでした。今回の研究では、ダイヤモンド中の窒素空孔中心を利用した量子センサーを使うことにより、スピン波の振幅と位相を直接画像として得る手法を用いました。

実験では、二種類のイットリウム鉄ガーネット薄膜(YIG)にマイクロ波を流してスピン波を励起し、その強さを段階的に変えながら応答を測定しています。弱い励起のときにはスピン波は通常の線形的な振る舞いを示し、ゆるやかに減衰しながら伝わりますが、ある強さを超えると急激な減衰が始まることが観測されました。これは四マグノン散乱(=4つのマグノン間でエネルギーがやり取りされる散乱過程)と呼ばれる過程で、外部から励起されたスピン波が他のモードへと散らばることでエネルギーを失ってしまうためと解釈されます。実験で得られた「非線形性が立ち上がるしきい値」は理論式から求めた値とよく一致し、非線形領域への遷移を定量的に捉えた点が本研究の重要な成果です。

さらに、スピン波の振幅が大きくなると、波の波数が場所によって変化することも観測されました。これは、強いスピン波が作り出す追加のマグノンによって、薄膜内の実効的な磁化がわずかに減少し、その結果としてスピン波の分散関係が変化するためです。別の試料で同様の測定を行うと、緩和率の違いに応じて非線形性のしきい値が異なることも確認され、この描像の一般性が裏付けられました。

本研究は非線形スピン波のふるまいを空間的に定量的に可視化し、理論による定量的な説明に成功した点に新規性があります。

※本内容は大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 松野研究室東邦大学理学部物理学科 大江純一郎教授との共同研究の成果です。