論文出版:量子センサによる圧力分布の可視化

投稿者: | 2025年11月22日

ダイヤモンド量子センサを用いて、超高圧セル中の圧力分布を高空間分解能で可視化した成果をJournal of the Physical Society of Japan誌に発表しました(→論文)。


圧力は基本的な熱力学変数であり、凝縮系物理学において長年重要な調整パラメータとなってきました。圧力は相転移を誘発し、新規物性をもたらす可能性を持つため、高圧物性の研究は非常に興味深いものです。例えば、酸素は常温では気体ですが、圧力を加えていくと、金属になり、さらには低温では超伝導を示すようになります。最近では、水素を多く含む材料やニッケル酸塩が、圧力下での高温超伝導体として大きな注目を集めています。

高圧物性の研究は、実験技術の進歩によって推進されてきました。ダイヤモンドアンビルセル(DAC)は、数百ギガパスカル(=数百万気圧)という超高圧力下において種々のその場測定を可能にする、今や必須のツールとなっています。このような実験ではDAC内部の正確な圧力測定が極めて重要です。

本研究では、ナノダイヤモンド中のNV中心を量子センサとして利用し、DAC内部の圧力分布を光学顕微鏡で可視化する方法を実現しました。ここで言う静水圧とは、あらゆる方向に同じ大きさで働く圧力のことで、物質本来の性質を乱さずに評価するための基準となります。実験的には、DAC内部の環境が純粋な静水圧ではないことがよくありますが、どの程度その状態(静水圧性)が保たれているかを知ることは、試料の物性を正しく理解する上で極めて重要です。NV中心を用いることで、各地点の共鳴信号のずれから圧力を算出し、数十マイクロメートルの視野内で圧力がどのように分布しているかを画像として得ることができます。

(a) ダイヤモンドアンビルセル(DAC)の概念図。量子センシング用のマイクロ波アンテナを取り付けている。(b) Z方向(縦方向)の圧力分布。(c) 横方向の圧力分布。(b)よりも全体的に圧力が小さくなっていることに注意。(d) 縦方向と横方向の圧力分布をヒストグラム表示したもの。ルビー蛍光では20.6 GPaを示しているが、横方向の圧力はそれよりも数10%小さいという非静水圧的な圧力分布になっていることを示す。

実験では、ナノダイヤモンドの周囲に配置する圧力媒体の構成を変えて圧力状態を比較しました。上の図に、ナノダイヤモンドが上部のダイヤモンドアンビルと直接触れる配置での測定結果を示します。(b)と(c)の画像からわかるように、圧力の方向による差が大きく、非等方的(非静水圧的)であることが明確に観察されました。(d)はこの状況をヒストグラムとして表したものです。一方、圧力媒体で上下を挟んだ配置では、圧力が全体に均一に伝わり、より静水圧に近い状態が得られました。

本研究は、ダイヤモンド量子センサが通常の方法では分かりにくい局所的な圧力の違いを細かく調べることができることを実証し、高圧物性の研究の有用なプローブになることを示したものです。

※本成果は、阪大基礎工の清水克哉先生、榮永茉利先生、瓜生健心さん、佐々木岬さんとの共同研究のによります。共著者の皆様に感謝申し上げます。