論文出版:スピン波の量子イメージング

投稿者: | 2025年5月3日

ダイヤモンド量子センサを用いてスピン波の伝播の様子を広帯域でイメージングすることに成功した成果をPhys. Rev. Appl.誌に発表しました(→論文)。


磁性体中におけるスピン波の伝播を広い周波数範囲でイメージングすることは、そのダイナミクスを理解する上で重要です。近年では、ダイヤモンドNV中心を磁場センサとして用い、スピン波の振幅および位相を定量的に検出する研究が盛んに行われています。しかし、従来法では、NVスピンの共鳴周波数と一致する周波数成分のスピン波しか検出できなかったため、幅広い磁場領域にわたるスピン波の調査が困難でした。

このような制約を克服する新たなプロトコルとして提案されたのが、ACゼーマン効果を利用する手法です。ACゼーマン効果とは、マイクロ波照射下においてNV中心の共鳴周波数がわずかにシフトする現象のことです。私たちは2023年に、広視野顕微鏡とアンサンブルNV中心を組み合わせてACゼーマン効果を用いたイメージング手法を実装し、マイクロ波アンテナにおけるマイクロ波振幅の空間分布の可視化を報告しました [→詳しく] [Ogawa et al., Appl. Phys. Lett. 123,214002 (2023)]。

私たちは今回、この成果を発展させ、外部磁場を変更することなくイットリウム鉄ガーネット(YIG)薄膜内を伝播するスピン波を広い周波数範囲にわたってイメージングできることを実証しました。

図(a)に測定系の概念図を示します。YIG基板上には、表面にNV中心を有するダイヤモンド基板およびアンテナが設置されており、外部磁場は試料面内に印加されています。図(b)(c)(d)には代表的な測定結果を示します。NV中心が非共鳴である周波数帯においても、スピン波が左から右へと伝播する様子が明瞭に観測されています。スピン波の励起周波数が異なることで波長にも大きな差異が生じていますが、これはスピン波の理論的な分散関係と定量的に一致しています。実験では、最大で567MHzの離調に対応するスピン波のイメージングに成功しました。

さらに感度評価の結果から、今回提案したACゼーマン効果に基づく手法は、原理的には数10 GHzという高周波のスピン波を高感度で検出できる可能性を示しました。本研究の成果は、スピン波に関する実験的研究におけるNVセンタの応用範囲を拡大し、金属強磁性体やファンデルワールス磁性体など、さまざまな材料におけるスピンダイナミクスの定量的解析に向けた新たな道を切り開くものです。

本内容は大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 松野研究室との共同研究の成果です。